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福岡高等裁判所那覇支部 昭和61年(ネ)92号 判決 1987年3月24日

控訴人 沖縄航空株式会社

被控訴人 国

代理人 布村重成 林田慧 安里康市 ほか六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(控訴の趣旨)

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対して金二〇〇〇万円を支払え。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実適示のとおりであるから、これをここに引用する。

二  控訴人の主張

1  本件処分の無効確認訴訟(原判決事実適示五・1・(一)。以下「前訴」という。)の判決の既判力について

(一) 右判決は、航空法関係の事業免許については沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(以下「特別措置法」という)五三条一項の原則に従つて復帰前の沖縄法令によりなされた免許等を本土の法令によりなされた免許とみなす旨の政令が存在しないことを理由に、本件処分が違法でないと判断したものであるが、控訴人としては、本件損害賠償請求訴訟の理由として、被控訴人が右の「みなす」旨の政令を制定すべき義務があり、この義務を怠つた瑕疵に基づいてなされた本件処分の違法をも主張するのであつて、かかる訴訟には、前記判決の既判力は及ばない。

すなわち、控訴人が沖縄の復帰当時米国民政府から受けたエアー・タクシー免許は特別措置法五三条一項で除外された場合に該当せず、原則に従い、本土法令の相当規定によりなされた処分とみなされなければならないから、被控訴人としてはその旨の政令を制定すべき義務があるのに、これを怠つたのであり、この瑕疵に基づいてなされた本件処分は違法である。

(二) また、民訴法一九九条一項によれば、既判力は判決の主文に包含されたものに限られるのであり、本件処分の適法性については前訴判決の理由中に判示されたものであり、更に、本件訴訟と前訴とは訴訟物を異にするから、本件訴訟には前訴判決の既判力は及ばない。

2  訴えの追加的変更について

(一) 国家賠償法による損害賠償と憲法二九条三項に基づく損失補償とは共に行政救済を目的とするもので、その準拠法は行政法の分野に属するものであつて、両者は統一的に理解され、一括して国家補償と称されている。原判決が、前者を私法上の債権、後者を公法上の債権として区別するのは不当である。更に、国に対する損害賠償については行訴法二一条があるにも拘わらず、これを私法上の債権とし、損失補償請求は行訴法によるべきとした判示は矛盾している。

(二) 原判決は、損失補償請求権の確定は行訴法三九条ないし四一条の適用を受けるものとしているが、これらの規定は確認訴訟及び形成訴訟についてのものであつて、本件請求にかかる給付訴訟には適用がない。

(三) 民訴法二三三条により訴え変更の不許は決定をもつてなすべきであり、判決による不許は違法であつて、その決定がなかつたのであるから、本件の訴えの変更は既に認められたことになるというべきである。

三  被控訴人の反論

争う。

第三証拠 <略>

理由

一  当裁判所は控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の示すところと同一であるから、その理由記載をここに引用する。

1  原判決書一九枚目(記録三一丁)裏一〇行目の「三九条ないし」を削除し、同一一行目の「一六条」の次に「および一九条」を加え、同一三行目と二〇枚目(記録三二丁)表五行目の各「同条」の次に「等」を加える。

2  前訴判決の既判力に関する控訴人の主張に対する判断

控訴人は、前訴判決は特別措置法五三条一項に基づく政令が存在しないことを理由として本件処分が違法でないと判断したのであるが、その既判力は、被控訴人が右の政令を制定すべき義務を怠つたことを理由として本件処分の違法を主張する本件訴訟には及ばないと主張する。

しかしながら、抗告訴訟における訴訟物は当該行政処分の違法一般であつて、個々の違法事由ごとに訴訟物を異にするものではないのであるから、抗告訴訟において請求棄却の判決がなされ、これが確定して、処分につき違法の存在が否定され、その違法性が確定した以上、その後の損害賠償請求訴訟において、当該行政処分につき従前とは異なる違法事由を挙げてその違法を主張することはできないというべきであり、右抗告訴訟が無効確認訴訟の場合については、原判決が示すとおり(原判決書一八枚目―記録三〇丁―裏六行目から一九枚目―記録三一丁―表三行目まで)である。

本件の場合、原判決認定のとおり、控訴人が提起した本件処分の無効確認訴訟において、本件処分の違法事由として原判決摘示の請求原因3(一)ないし(六)の主張と趣旨を同じくする主張につき、右違法の存在を否定し、本件処分の適法性を認定した判決が確定しているのであるから、控訴人は本訴において本件処分につき改めて従前と異なる違法事由を挙げてその違法を主張することは許されない。

なお、本件国家賠償請求訴訟と前訴の本件処分無効確認訴訟はその訴訟物を異にするが、本訴は本件処分の違法を先決問題とするものであるところ、前記のとおり、前訴判決によつて示された本件処分の違法性不存在の判断は既判力を生じているから、本訴の前提たる本件処分の違法の存否について前訴の判断と異なる判断をすることは許されないのである。

3  訴えの追加的変更の許否に関する控訴人の主張に対する判断

控訴人は、国家賠償法による損害賠償と憲法二九条三項に基づく損失補償とは、共に行政救済を目的とするものであつて、それぞれの請求権はいずれも公法上のそれであるとして、訴えの追加的変更を許すべきものと主張するが、右両請求権がその法律的性質を異にするものであることは原判決の示すとおりであつて、控訴人の主張は独自の見解というほかなく、採用することはできない。

また、控訴人は訴え変更の不許の裁判の方式について言及するので、付言するに、民訴法二三三条によれば裁判所が訴の変更を許さないときはその旨の決定をしなければならないが、この不許決定の当事者に対する告知を口頭弁論でするか、或いは判決の理由中でするかは裁判所の裁量にまかせられており、口頭弁論で告知しなかつたからといつて、訴の変更を適法として認容したことにならないことはいうまでもない。

二  よつて原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤安弘 池田耕平 山崎恒)

【参考】第一審(那覇地裁 昭和五五年(ワ)第二一二号 昭和六一年一〇月二八日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

(主位的請求)

主文同旨。

(予備的請求)

本件につき原告が昭和五六年一〇月二九日付訴えの変更申立書に基づきなした訴えの追加的予備的変更は許さない。

第二当事者の主張

一 請求原因

(主位的請求)

1 原告は、昭和四六年一二月二日、米国民政府より二地点を定期的に反復継続航行のできるエアー・タクシーの免許を受けて、沖縄の本土復帰の時点まで、航空運送事業を営んでいたものである。

2(一) 沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(以下「特別措置法」という。)五三条によれば、昭和四七年五月一五日沖縄が復帰した際、右1の免許を受けて航空運送事業を営んでいる者は適法に事業を営んでいたものとみなされ、更に、沖縄県の区域内において適法に航空運送事業を経営している者は、沖縄の復帰に伴う運輸省関係法令の適用の特別措置等に関する政令(以下「政令」という。)二四条によつて、日本の航空法の条件を充たすように日本法による免許を取得して事業を継続することになつていたので、原告は、継続して右エアー・タクシー事業を経営すべく、運輸省航空局の係員から指導を受けながら、昭和四七年八月九日、運輸省大阪航空局長に対し、不定期航空運送事業及び航空機使用事業の免許を申請した(以下「本件申請」という。)。

(二) しかし、昭和五一年一二月二七日、大阪航空局長は、何ら理由を付することなく、原告の本件申請を却下した(以下「本件処分」という。)。

3 しかしながら、本件処分は、次の理由により違法である。

(一) 本件処分は、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(以下単に「協定」という。)に違反する。

即ち、協定は、公布によつて国内法としての効力を有し、その効力は沖縄住民にも及ぶものであるところ、協定一条一項によれば、被告は昭和四七年五月一五日に琉球諸島の領域及び住民に対する行政、立法及び司法上のすべての権力を行使するための完全な権能及び責任を引き受けるものとされ、したがつて、原告の事業免許についても右責任の一部として被告において承認すべき義務を負い、また、協定四条四項は、被告が沖縄法令によつて許可されたすべての作為又は不作為の努力を承認すべきことを義務づけているのであるから、本件処分は右各条項に違反する。

(二) したがつて、右(一)の協定に違反してなされた本件処分は、条約の遵守を定めた憲法九八条二項にも違反する。

(三) 本件処分は、特別措置法五三条一項に違反する。

即ち、右条項は、協定四条四項の規定を実施するために定められたのであるが、これは、別に法律に定めがある場合及び沖縄と本土との間において処分の基準が著しく異なる等特別の理由がある場合を除き、沖縄法令の下でなされた免許等を本土法令の相当規定によりなされたものとみなす旨を規定しているところ、右の除外事由は、公認賭博・公娼制度等の本土の法制下では認められないもの並びに沖縄法令に基づく司法関係資格免許及び独占的に国営、公営として経営され私企業による経営が認められない特別のものを指すと解すべきであり、その他の免許は右除外事由に処分の基準が明示されていないから、除外事由には当たらないというべきである。なお、右除外事由にいう処分の基準が著しく異なる場合とは、特別措置法の趣旨及び性格よりすれば、どのように取扱つても国内において処分の均一化を図ることが不可能なものと解すべきであるところ、原告の有するエアー・タクシー事業免許については特別措置法にしたがつて本土法令の規定による免許に切替えた後に航空法を適用し、適法適切な一般的行政指導や監督によつて、国内の免許に基づく事業との同質化を図り、沖縄を含めた全国的基準及び条件の均一化並びに航空機航行上の安全性確保を保障することができるのであるから、右除外事由には当たらず、本土法令の相当規定によりなされた免許として承認されなければならない。

仮に右除外事由の規定に基づき本件処分が許されるものとすれば、特別措置法は、沖縄の復帰が確定した時点で沖縄住民の投票による同意を得ないで制定された特別法であり、その制定手続は憲法九五条に違反するから、特別措置法は違憲無効である。

(四) したがつて、また、本件処分は、特別措置法の委任を受けて、復帰前の法令によりなされた免許等を本土の法令によりなされた免許とみなす旨を定めたものと解すべき政令二四条一五項にも違反する。

なお、同項に規定されている申請手続は、特別措置法の規定を実施するための免許切替手続であり、三ヶ月間とあるのはそのための所要期間と解すべきであるから、これを新規の免許取得のための申請と解することはできない。

仮に同項が、申請について免許しない場合についても規定しているとすれば、特別措置法は、沖縄法令による免許等の効力の積極的承継の実施のみを政令に委任しているのであるから、同項は法律による委任の範囲を逸脱したもので、内閣法一一条及び国家行政組織法一二条四項に違反する。

(五) 本件処分は憲法一一条に違反する。

即ち、沖縄県は、日本政府が同意した平和条約三条に基づき四半世紀以上にわたりアメリカ合衆国の施政権下におかれたが、その間、沖縄住民は、幾多の困難を克服して今日の生活基盤を築き、安定した社会生活を営んできた。復帰に際して、この社会的安定を維持継続することは被告の責任であるというべきであり、沖縄法令による処分を本土法令の相当規定によりなされた処分として承継することは被告の義務であつて、これを否定することは原告の基本的人権を侵害するものである。仮に、沖縄の復帰がなかつたならば、原告は適法に航空運送事業を継続することができたのであるから、日米両国間の合意のみで施政権が返還され被告がその機能を引き受けたことにより、原告には全く帰責事由がないのにその権利を侵害し企業としての存続を不可能にする被告の行政行為は許されない。被告の本件処分は、沖縄が復帰した後に、公権力の行使によつて、復帰まで合法的に安定した生活を営んでいた沖縄住民の生活手段を奪つてその生存を不可能にすることと本質的に同じである。

(六) 本件処分は、憲法一四条に違反する。

即ち、沖縄住民は復帰後も復帰前と同様な社会生活を営み、沖縄法令による免許、許可等を受けた企業も本土と同じ免許、許可等に切替えられて何の支障もなく営業を継続している。殊に南西航空株式会社に対しては、被告は、免許の切替申請書の提出以前に航空機購入資金の国庫補助を行つているのに、原告に対しては、原告の責に帰すべき事由はまつたくないにもかかわらず本件処分をなし、原告は企業としての生存権を剥奪された。したがつて、本件処分は原告に対する不当な差別であるから違憲である。

4 原告が、沖縄の復帰後も航空運送事業の免許を受けて事業を継続していれば、一年目においては少なくとも毎月一七七〇万円、年間二億一二四〇万円の純利益を得ることができ、更に、毎年四〇パーセントの割合で増収できたことは確実である。したがつて、昭和四七年五月一五日以降七年間に合計五〇億六六三六万円の利益を得ることができたはずである。

右の他に、原告が本件処分によつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては六億円が相当であるので、本件処分により原告が被つた損害は合計五六億六六三六万円である。

5 (予備的請求)

仮に、本件処分が適法であつたとすれば、原告は、復帰という行政上の変更によつてその事業の放棄を強制され、右4のとおりの損害を受忍すべき限度をこえる特別の犠牲として受けたのであるから、被告は、憲法二九条三項に基づき、右損害額に当たる損失を原告に対し補償すべきである。

6 (結論)

よつて、原告は、被告に対し、主位的に国家賠償法に基づく損害賠償として、予備的に憲法二九条三項に基づく損失補償として、右4ないし5の金員の一部である二〇〇〇万円の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、原告が沖縄の本土復帰当時、米国民政府から受けたエアー・タクシー免許に基づき、航空運送事業を経営し得る立場にあつたことは認める。但し、原告が右免許を得たのは、昭和四七年四月一八日である。右免許の営業範囲及び事業内容については争う。原告が沖縄の本土復帰時点まで現実に事業を営んでいたとの点は不知。

2(一) 同2(一)の事実のうち、原告が運輸省航空局係員の指導を受けながら、昭和四七年八月九日付で大阪航空局長に対し、不定期航空運送事業及び航空機使用事業の免許申請をしたことは認め、その余は争う。

(二) 同2(二)の事実は認める。

3 同3の主張はすべて争う。

4 同4の事実は不知。

5 被告は、後記三のとおり、訴えの追加的予備的変更不許の宣言を求めるものであるが、仮に右申立が容れられない場合、同5の主張は争う。

三 被告が訴えの追加的予備的変更不許の宣言を求める理由

1 原告は、本件第二回口頭弁論期日において、昭和五六年一〇月二九日付訴えの変更申立書に基づき予備的に損失補償として金員の支払を求める訴えを追加し、これによつて訴えの追加的変更を行つているところ、そもそも、訴えの変更は、従前の請求のために開始された訴訟手続において、新たな請求について審判を求めるものであるから、これが許されるためには、民訴法二二七条に定める請求の併合の一般的要件であるところの数個の請求が同種の訴訟手続によつて審理され得ることが必要である

2 ところで、原告の予備的請求は、憲法二九条三項を根拠とする損失補償請求訴訟であつて、これは公法上の法律関係に関する訴訟として行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)四条後段のいわゆる実質的当事者訴訟に当たる。したがつて、予備的請求は行訴法の適用を受ける行政事件訴訟であり、これに対し、本件において先行していた主位的請求たる損害賠償請求訴訟は民事訴訟であるから、両者は訴訟手続を異にし、民訴法二二七条所定の要件を欠くものというべく、民訴法の手続に則るかぎり、本件訴えの追加的変更は不適法であるといわなければならない。

3 もつとも、行訴法一六条及び一九条は、通常の民事訴訟を取消訴訟に併合し得ることを認めているが、これは、本来、通常の民事訴訟手続によるべき請求を一定の要件の下に特別の行政事件訴訟手続による請求に併合することを特に法律が許容しているのにすぎない。即ち、係争の行政処分等の早期確定を図る趣旨の下に、その取消請求に併合し得る請求を行訴法一三条所定の関連請求に限定した上、取消訴訟を中心に据えて、これに関連請求に係る訴訟を併合することを許容しているのであつて、取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許容していないと解すべきである。そして、当事者訴訟についても、行訴法四一条二項により同法一三条、一六条及び一九条等が準用されているので、これを関連請求に係る訴訟に併合することは、行訴法は許容していないものというべきである。

4 したがつて、本件訴えの追加的変更は不適法であるから許されるべきではない。

四 右に対する原告の反論

主位的請求たる損害賠償請求の訴訟物と予備的請求たる損失補償請求の訴訟物は、ともに給付請求権であり、請求の基礎は同一であつて、主要な争点と訴訟資料は共通するもので、請求の趣旨にも変更はないのであるから、主位的請求に右損失補償請求が追加されたからといつて本件訴訟の本質を変えるものではない。

仮に、損失補償請求は行訴法によるべきものであるとしても、それが一の訴えとしてでなく、訴えの変更としてなされる場合については同法に定めがないので、同法七条により民事訴訟の例によるべきである。したがつて、民訴法二三二条により、本件に損失補償請求を追加する訴えの変更を行うことは適法であり、しかもこれらを併合して審理することが実質的に可能であることは、行訴法四一条二項により準用される同法一六条及び一九条により明らかであるから、本件における訴えの変更は許されるべきである。

五 被告の反論

1 本件処分の適法性について(その一)

(一) 原告は、本件処分を不服として、昭和五三年四月二一日、大阪航空局長を被告として本件処分の無効確認を求める訴えを提起した(当庁昭和五三年(行ウ)第三号不定期航空運送事業及び航空機使用事業免許切替申請却下処分無効確認請求事件)が、当庁は、昭和五五年七月二日、請求棄却の判決をした。

原告は、右判決を不服として、昭和五五年七月一五日、控訴を提起した(福岡高等裁判所那覇支部昭和五五年(行コ)第一号)が、同支部は、昭和五六年一月二七日、控訴棄却の判決をした。

更に、原告は、昭和五六年一月二九日、右判決に対し、上告を提起した(最高裁判所昭和五六年(行ツ)第五二号)が、最高裁判所は、昭和五九年九月二〇日、上告棄却の判決をした。

(二) ところで、抗告訴訟の訴訟物は行政処分の違法性一般であるというべきであるから、抗告訴訟で請求が棄却された場合には、当該行政処分が適法であつたことについて既判力が生じるので、国家賠償法一条の訴訟を提起して当該行政処分が違法であることを主張することはできない。そして、行政処分の無効確認訴訟においても、その請求棄却の判決の判断内容が当該行政処分には無効事由がないとして請求が棄却されたのではなく、当該行政処分には瑕疵そのものがそもそも存在しない、即ち、違法ではないとして請求棄却の判決がなされた場合には、同判決は、当該行政処分を適法であると認定しているのであるから、取消訴訟において請求棄却の判決がなされた場合と同じく、国家賠償法一条の訴訟を提起して当該行政処分が違法であると主張することはできないというべきである。

(三) そこで、これを本件についてみるに、本件処分の無効確認訴訟に係る右の各判決は、本件処分には瑕疵がないとして請求を棄却しているのであるから、本件処分は適法であつたと確定しているのである。したがつて、原告は、本訴において、本件処分に違法があつたと主張することは許されないのであるから、本件処分の違法を理由とする国家賠償請求は理由がないものというべきである。

2 本件処分の適法性について(その二)

仮に、右1の主張が認められないとしても、次のとおり、本件処分には原告が主張するような瑕疵はないのであるから、本件処分の違法を理由とする国家賠償請求は理由がない。

(一) 協定一条一項及び四条四項(請求原因3(一))並びに憲法九八条二項(同(二))及び一一条(同(五))違反の主張について

協定一条一項は、アメリカ合衆国が日本国との平和条約三条に基づくすべての権利及び利益をこの協定の効力発生の日から日本国のために放棄し、日本国が行政、立法及び司法上のすべての権力を行使するための完全な権能及び責任を引受ける旨を規定したものであつて、右規定をもつてアメリカ合衆国が復帰前に付与した免許等の効力を日本国が復帰後も有効として認める義務を有する旨定めたものということはできない。

また、協定四条四項は、単に日本国がアメリカ合衆国に対し、アメリカ合衆国当局がその施政権の行使として自ら又は現地当局を通じて行つた作為、不作為又は当時適法に成立した法令によつて許可された作為、不作為の効力を施政権返還前に遡つて無効としないことを確認すると共に、アメリカ合衆国の国民又は琉球諸島等の居住者の民事、刑事上の責任を問わないことを規定したに過ぎないのであつて、原告の主張するように、復帰前における諸免許等の効力を復帰後もそのまま持続させることを規定したものではない。

以上のとおり、本件処分が協定一条一項及び四条四項に違反するとの主張は失当であり、したがつて、右主張を前提とする本件処分が憲法九八条二項に違反する旨の主張及び復帰前に付与された原告の事業免許の効力が復帰後もそのまま持続するとの主張を前提とする憲法一一条に違反する旨の主張は、いずれも失当である。

(二) 特別措置法五三条一項もしくは憲法九五条(請求原因3(三))、政令二四条一五項もしくは内閣法一一条及び国家行政組織法一二条四項(同(四))違反の主張について

復帰前の沖縄法令による免許等の効力の承継等に関しては、特別措置法五三条一項は、同法施行前に本土法令の規定に相当する沖縄法令の規定によりなされた免許等の処分等は政令で定めるところにより本土法令の相当の規定によりなされた処分等とみなすことを原則とする一方、沖縄本土間で処分の基準が著しく異なる等特別の理由のある場合は、例外として右みなし規定を適用しない旨を規定し、沖縄のいかなる法令によるいかなる処分等が本土の何法のいかなる処分とみなされるのかという具体的な関係については、それぞれ各省庁関係の政令で規定することとしている。

ところで、復帰前の沖縄においては、エアー・タクシー事業免許のように国内の航空法上の独立の事業免許としては規定されていない免許が法令上独立の免許として規定されていたが、右免許審査の基準、免許を与える際の条件についても航空法上のそれとは著しく異なつており、航空法上の航空運送事業の免許に関しては、航空機航行上の安全を確保するため、その審査基準、免許を与える際の条件等を均一化し、右事業の範囲、内容、運営形態を全国的に統一する必要性が極めて高いことから、航空法関係の事業免許については、特別措置法五三条一項の例外の場合に当たるものとし、復帰前の免許を本土法令によりなされた免許とみなす旨の政令も定められていないのである。

したがつて、エアー・タクシー事業免許は、航空法上の何らの免許ともみなされず、原告が復帰後においても右事業を継続するためには、改めて航空法の規定にしたがつて免許申請手続をとつた上、同法の基準による審査を受けねばならないのである。

そして、特別措置法の右条項をそのように解したとしても、憲法九五条に定めるいわゆる地方自治特別法とは、特定の地方公共団体そのものを対象とし、地方公共団体の組織及び運営に関する事項について特別措置を規定する特別法をいうと解すべきところ、特別措置法は右の意味における特別法ではないから、憲法九五条に違反することもない。

以上のとおりであるから、請求原因3(三)及び(四)の主張はいずれも失当である。

なお、政令二四条一五項の規定は、復帰の際に適法に航空事業を営んでいた者に対して、その事業の保護を図るため暫定的に事業の継続を認めたものであつて、原告が主張するように航空法の免許を受けたものとみなす旨の規定ではない。

(三) 憲法一四条違反の主張(請求原因3(六))について

沖縄の復帰に伴い、原告がエアー・タクシー事業を継続するために、改めて航空法上の免許申請手続をとらねばならないとしても、この程度の不利益は、航空機の航行上の安全を確保するため国内の航空法上の事業免許の審査基準、免許を与える際の条件等を均一化し、国内の航空運送事業の範囲、内容、運営形態を統一するという高度の公共の利益を達成するために必要かつやむを得ない不利益であるというべきである。しかも、このような不利益は、原告のみならず沖縄において航空法関係の事業を営んでいた者すべてが等しく受ける不利益であるから、これをもつて憲法一四条に反するものということはできない。そして、後記3(三)のとおり、原告の事業基盤が脆弱であつたため、航空法上の基準を充たしていないとして本件処分がなされたものであるから、本件処分をもつて憲法一四条に反するということもできないのである。

3 損失補償請求について

(一) 憲法二九条三項は、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の個人に対し特別の財産上の犠牲を強いる場合に、これについて損失補償を認める規定がなくとも、直接同条項を根拠として損失補償請求をすることができないわけではないと解されているのであつて、公共の福祉に適合するように、一般的に財産権の内容を定め、また、財産権に制約を加えることは、憲法二九条二項に基づくもので、財産権者において当然受忍すべきことというべきである。

(二) そこで、これを本件についてみると、エアー・タクシー免許を含め復帰前の沖縄法令下の航空法関係の事業免許は、特別措置法五三条一項の例外事項に該当するものとして、航空法上の何らの免許とみなされなかつたので、復帰後、航空法関係の事業を営もうとする者は、改めて同法上の免許申請手続をとらねばならないとされたのであるが、これは、航空機の航行上の安全を確保して災害を未然に防止するという高度の公共の福祉を保持するために社会生活上やむを得ない一般的な制限というべきであり、しかも、政令二四条一五項によつて、復帰後も一定の期間、事業経営が保護されていることを考慮すれば、改めて本土法令による手続をとらねばならないとする制限は、最小限度の制限であつて、復帰後も航空法関係の事業を営もうとする者は何人もこれを受忍しなければならないというべきである。

したがつて、右制限は、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものではないから、憲法二九条三項の損失補償を必要としない。

(三) そして、本件申請に関しては、大阪航空局長において航空法の定める基準にしたがつて審査をしたところ、原告は、本件申請に係る不定期航空運送事業及び航空機使用事業を適確に遂行するに足る経済上の能力を有していないばかりか、その事業計画も航空保安上不適切であると認められたために、本件処分がなされたものである。即ち、原告が昭和五一年一二月二七日以降エアー・タクシー事業を営むことができなくなつたのは、ひとえに原告の事業基盤の脆弱に由来するものにすぎない。したがつて、原告に対し、本件処分によつて生じた損失を補償する必要はない。

六 被告の反論1に対する原告の再反論

行訴法上の抗告訴訟である前訴は確認訴訟であり、本訴は給付訴訟であつて、訴訟物も異なる。各訴訟は独自の目的と機能を有しているのであるから、そのことを基本にして個別の問題の解釈をしなければならない。

また、確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有するのであつて、その判断過程は判決理由中に示されるが、理由中に権利関係の判断が示されていてもそれらの判断には既判力を生じない。

したがつて、被告の主張は民訴法一九九条一項に反する。

第三証拠 <略>

理由

一 まず主位的請求即ち国家賠償法に基づく損害賠償請求について判断する。

1 請求原因1の事実のうち、原告が沖縄の本土復帰当時、米国民政府からエアー・タクシーの免許を受けていたこと、同2(一)の事実のうち、原告が運輸省航空局係員の指導を受けながら、昭和四七年八月九日付で大阪航空局長に対し、不定期航空運送事業及び航空機使用事業の免許申請をしたこと並びに同2(二)の事実即ち原告に対し本件処分がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2 そこで、本件処分の違法性の有無について判断する。

<証拠略>によれば、被告の反論1(一)の事実、及び、原告は本件処分の無効確認訴訟において、本件処分の違法事由として請求原因3(一)ないし(六)の主張と内容において同趣旨の主張をなしたが、裁判所は、いずれの点についても、本件処分には右主張に係る違法はないとしてこれを排斥し、本件処分は適法であると認定したことが認められる。

ところで、行政処分の取消訴訟において請求棄却の判決が確定した場合には、その処分について取消事由のないこと即ち処分が適法であることについて当事者間に既判力が生じ、これは、右取消訴訟の被告たる行政庁のみならず実質的な当事者たる国に対しても及ぶものと解される。

他方、行政処分の無効確認訴訟においては、行政処分が無効であるというためには、当該処分が違法であることのほかに、その違法が重大かつ明白であることが必要とされているから、請求棄却の判決が確定したからといつて、直ちに当該処分が適法であることについて既判力が生じるとはいえないものの、請求棄却の判決のなされた理由が、処分に違法はない即ち処分が適法であることにある場合においては、請求棄却の判決は、取消訴訟の場合と同視できるものとして、右の点について既判力に準ずる効力を生じ、原告は、国に対し、再び処分の違法を主張することは許されないと解するのが相当である。

してみると、本件においては、前記認定のとおり、本件処分に違法はないとする判決が確定しているのであるから、原告は、本訴において国家賠償請求の前提として本件処分の違法を主張することは許されないというべきである。

二 次に、原告は、本件第一回口頭弁論期日において、昭和五六年一〇月二九日付訴えの変更申立書に基づき訴えの追加的予備的変更を行ない、従前の国家賠償法による損害賠償請求に追加して、憲法二九条三項に基づく損失補償を予備的に請求しているので、右訴えの変更の適否について検討する。

一般に、訴えの追加的変更が許されるためには、訴えの客観的併合の要件を充たすことを要し、民訴法二二七条によれば、民事訴訟手続における訴えの客観的併合は、同種の訴訟手続による場合に限り許されるところ、国家賠償法による損害賠償請求権は、私法上の債権であつて、その存否は民訴法による手続のもとで審理されるのに対し、憲法二九条三項に基づく損失補償請求権は、国の適法な行為によつて財産上特別の犠牲を受けた者が有する公法上の債権と解すべきであつて、その存否を確定する訴訟は、行訴法四条にいう公法上の法律関係に関する訴訟、いわゆる実質的当事者訴訟として行訴法三九条ないし四一条の適用を受けるものというべきである。ところで、行訴法一六条は、行政事件訴訟について、これに関連する損害賠償請求を併合することを認めているけれども、同条は、行政事件訴訟を基本とし、これに関連請求にかかる民事訴訟を併合することにより、両訴訟をともに行政事件訴訟手続のもとで審理すべき旨を定めたものであつて、これとは逆に、民事訴訟に行政事件訴訟を併合することまでも許容しているものではないと解すべきであり、そのことは、同条が同法四一条二項によつて準用される当事者訴訟についても、同様に解されるべきである。したがつて、本件訴えの追加的変更は、異種の訴訟手続による請求への変更をなすものであつて、民訴法二二七条の併合の要件を充たさず、許されないというべきである。

三 以上の次第であつて、原告の請求については、前記一のとおり理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河合治夫 水上敏 後藤博)

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